第1講を音から始めるのは、ある程度意図があってのことです。
振り返ってみれば、わたしたちはどのように言葉を学んできたのでしょうか。
きっと赤ちゃんの頃に、母親が盛んに話しかける言葉を聞いて、世界には言葉があるということを知る。そしてそれを真似して、最初の言葉を発音したのでしょう。この過程に文字は介入していません。
しかし振り返ってみると、わたしたちが初めて外国語、すなわち英語を学ぶとき、はじめは教科書に書いてある文字から学びます。
今手元にあるいくつかのフランス語の教科書をみても、まずは文字から始まり、そのあと文字の発音が提示されるという順が基本です。つまり、順番が逆転しているのです。
歴史を見ても、楔形文字やヒエログリフなど、初期の文字が発明されたのは、約5000年前程度です。一方で、ホモサピエンスの歴史は、20万年以上ですから、文字の歴史というのは、人類全史の2.5%以下に過ぎません。
わたしたちの言葉は本来、音なのです。
実際に聞いてみる
では早速リアルなフランス語を聞いていただきたいと思います。なんとなくオシャレそうとか、なんとなくかっこよさそうとかいう、漠然としたイメージはあるかもしれませんが、実際にフランス語をしっかりと聞いたことのある人は以外にいないかもしれません。Youtubeにあった、Stromaë(ストロマエ)という歌手の、ショート動画です。
https://www.youtube.com/shorts/QED_XPi74gw
どういうふうに聞こえたでしょうか。人それぞれに色々な印象を得たかと思います。
ある言語に堪能な国文学の教授がいっていたのですが、その人には「じょぼじょぼじょぼ」に聞こえるらしい。私には「ドボドボドボ」とか「ダバダバダバ」とか「ボボボボ」にも聞こえる。また、ときどきうがいをしている気もする。ある友人の言うには、フランス語の音は、はじめ想像したよりも汚い。Rの音が痰を切るみたいだと。これらは、まっさらな気持ちで、純粋な音としてフランス語を聞いた際の印象で、ある面において的を射ているように思えます。
このジョボジョボ感を演出する主な要素は、鼻母音だと考えています。何かこう常に膜を張っているというのか、マイク越しに聞いているというのか。この印象を作るのが鼻母音。音声学的に言うと呼気を鼻から出す音ですが、感覚的に言うと、ちょっといやらしい声です。ひらがなにすると「あん」とか「おん」となります。
鼻母音
鼻母音が話題に上がったので、鼻母音から話しましょう。読み方は「ビボイン」です。基本的には日本語にも英語にもない音ですので、フランス語を学んだことのない人は初めて出会う音だと思います。フランス語の兄弟であるイタリア語やスペイン語にも鼻母音はありません。同じく兄弟のポルトガル語にはあるようですが、鼻母音というのは、どちらかといえば少数派の存在です。これをマスターすると、ぐっとフランス語らしい音に近づきます。
基本的には、「おん」([ɔ̃])+「あん」([ɑ̃][ɛ̃][œ᷈])×3の4種類です。
「おん」を例に取ると、途中まではシンプルな「お」の音です。しかし、途中から「ん」に変わります1。この時に起きているのが、「鼻から息が抜ける」ということです。どんな音でも多少は鼻から息が抜けるのですが、その量が大きくなると「ん」っぽく聞こえます。また「鼻から息が抜け」ていても、すべての息が鼻から抜けているわけではありません。あくまで、鼻から抜ける息の量が普通より多いと「ん」と聞こえる感じです。
つまり、「おー」と普通に言ってみて、途中から鼻から抜ける息の量を大きくすると、結果的に「おん」と聞こえます。これが鼻母音です。
こつは、「おー」から「ん」に移る時に、舌をどこにもつけないことです。日本語の「ん」は実は、対応する音声が5種類くらいあるのですが、そのほとんどは舌が口の中のどこかにつきます。しかし、鼻母音の場合、舌は口内のどこにもつきません。日本語の「ん」は基本的に、舌が口内のどこかにつきますから、日本語の「ん」の気分で発音してしまうと、上手く行きません。 ですので、「舌は口の中のどこにも絶対につけず」に、「ん」と聞こえるように鼻から息を抜いてみる練習をすると、上手く発音ができます。
5つの「う」
フランス語には、「う」が5つあります。正確に言うと、日本語で聞くと「う」に聞こえる音が5種類あります。どれも、フランス人にとっては全く違う音なのですが、日本人にはすべて同じに聞こえるという、もはや怪奇現象なみのことが起こります。
そもそも、フランス語には、母音がたしか17個くらいあります(正確には覚えていない)。一方日本語は、あいうえおの5個。母音の数をみると、信じられないくらいの差があるわけです(数え方にもよりますが英語は20以上あるそうです)。日本語は母音の数がかなり少ないのです。ですから、基本的に日本人が外国語を学ぶときには、発音にだいぶ苦戦するわけです(イタリア語とスペイン語は日本語と母音の数がほぼ同じで、よく簡単と言われます)。
さて、フランス語で一番苦戦するのが、「う」。上級者でも、この音を完璧に発音し分けている人は稀です。音声記号で、一覧にすると以下です。
それぞれに注意点やコツがありますが、ざっくり言うと1と2と3,4,5で分けられます。
u
1は、日本語の「う」を思いっきり狭くすぼめた感じの音。唇がひょっとこになるまで、口をすぼめて「うー」といいましょう。実は一番簡単なようで、ムズカシイ音でもあります。日本語の「う」で発音すると、ネイティブには5番目の音と勘違いされます。授業を意味するcoursと心を意味するcoeurという単語は、日本語ではどちらも「クール」という発音ですが、授業のつもりで発音したのが、心の意味に取られることがよくあります。
恥ずかしがらずに、口を思いっきりすぼめる! これが一番大事です。
y
2は、とても難しいですが、日本語では「う」というより、「ゆ」に聞こえます。ただ、日本語の「ゆ」とは全く違う音なので注意。中級くらいの人でも、日本語の「ゆ」を使っている人は多いので、変なクセが付く前に、早めにマスターするのが吉です。
習うより慣れろで、ひたすら聴いて真似るのが一番ですが、いちおうコツはあります。「いー」と言いながらだんだんと口をすぼめていく。あるいは、「うー」と言いながら、舌先をくちびるに近づける。どちらも最終的には1,くちびるがまるい、2.舌先が緊張している、という2つの条件が満たされています。それを、どの順番でやるかの問題で、ようは舌先に力を入れながらくちびるを目いっぱい丸める感じです。ただ、難しいです。ひたすら聴いて練習してみましょう。
その他
3,4,5は、実は似通った音です。全部4にしても、フランス人には通じます。なので、躍起になって言い分ける必要はありません。上級者でも、これをいい分けている人は少数です。さきほど、フランス人は5種類すべて聞き分けられると言いましたが、とくに3と4の聞き分けはネイティブでも結構難しい。そして、4は雑に発音すると、5に近づきます。つまり、これらの音は、互いに交換可能な場合も多いです。
しかし、わたくしとしては3と4は混ぜてもOK。3,4と5は区別して練習した方がいいと考えています。
Rの音ーうがいあるいは痰切り
よく学習を始めたばかりの人が、難しいという音です。フランス語は発音が難しい、ほらあのRの音が変じゃん。といって、フランス語の発音の難しさの代名詞にも使われます。
ですが、実は慣れてしまえば、他のむずかしい音よりは簡単だったりします。いや、難しいからこそ、みんな練習して、ある程度できるようになります。
Rと言えば、日本語に音写すると「ら行」になるのですが、大胆に言ってしまえば、この音、「は行」に聞こえます。実際に、中級者くらいで、この音をときどき日本語の「は行」で代替する人もいます。わたしも、雑にしゃべっているときには、ときどき「は行」になってしまうことがあります。
たとえば、「マカロン」を例に取ると、3文字目に「ロ」がありますね。ただ、ネイティブの「マカロン」の発音を純粋に聞けば、「マカホン」と聞こえます。ですのでみなさん、文字にするときは「ら行」にしなきゃいけないのですが、実際の音は「は行」に近いことを肝に命じておきましょう。
しかし、日本語の「は行」とは、似て非なるものです。よくうがいの音といわれますが、これが一番的を射ている、というより正確な表現だと思います。小難しいことをいうと、口蓋垂(コウガイスイ)摩擦音といいます。このコウガイスイというのは、「のどちんこ」のことです。うがいのときにがらがらするのは、「のどちんこ」と「舌の根元」が近づいて、その間を空気が通ったときに、「のどちんこ」が揺れるからです。
本質は、「のどちんこ」と「舌の根元」が近づいて、その間を空気が通過することです。ですので、「のどちんこ」が揺れてがらがら聞こえる必要は実はないんですが、学び始めのときは、意識的にがらがらさせるくらいがいいと思います。ガラガラさせ続けると、コウガイスイと舌の間を空気が通っていく感覚が段々と掴めてきます。なれてきたら、ガラガラせずとも、空気が通過する音が出せます。割と澄んだ音です。
つまり、ガラガラ➙澄んだ音という流れを目指しましょう。
Footnotes
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正確に言うと、ほとんど最初から「ん」に近い音なのですが。説明のために途中から変わるとしておきます。 ⤴